DIALY日々の出来事など

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シリアでの小話 12:48

シリアで暇なときに造語を作って遊んでいました。造語の活用法は日本人の方と会話をするときに使用します。シリアでは5人の日本人の方とお会いました。その中の一人には大変お世話になりました。素性については彼から口止めされているので話せないのですが、僕からの通訳のお願いを快く引き受けてくださいました。あと秘密警察に拘束されたときに一緒にいた旅行者。彼のおかげでしょっ引かれたんだけど、「外務省の危険勧告マックスの国にいるなんて、俺って何かすげえ!」みたいな空気を超醸し出してて、若い頃の僕とそっくりでした。ただ旅行という基準で現在のシリアを見れば、一目瞭然、絶対に行くべきではありません。僕も一度は旅でもしようかなあと思い立ったのですが、旅をするという目的だけを考えれば、シリアは危険すぎます。目的に応じてリスクの分散を計ることが大切です。回避できるリスクは可能な限り回避し、取るべきリスクは必要最低限に抑える。必要以上のリスクは決して取らない。被弾して学びました。でもパルミラとダッラには足を運びました。パルミラは周囲を砂漠で囲まれた陸の孤島です。政府はこの町で起きた反政府デモ(2月)を封じるため、町に通じる全ての幹線道路に戦車を2台から3台配置しました。補給路を断たれたパルミラは容易く鎮圧されました。遺跡の町パルミラはこの季節は観光客で賑わいますが、僕が行ったときは誰一人外国人はいませんでした。遺跡にも人影が見当たらず、家族連れのシリア人がいたので話しかけると、ホムスからの避難民でした。商店街も全滅しており、住民は寂しそうな表情を浮かべて軒先に腰を下ろしていました。あっ、それで造語ですが、日本人と話をするとき、外来語は堅く禁じられています。なぜなら秘密警察に聞かれたら大変だからです。FSA(free syrian army)は「自由軍」、反政府デモは「行進」、シャッビーハのことは「殺し屋」、ムハバラートのことは「秘密警察」、アルジャジーラのことは「中東の放送局」、大統領派のことは「アラウィッてる」、明らかに大統領が大好きと分かるような奇抜なファッションをした人物のことを「大統領の申し子」、付きまとってなかなか離れない6歳から15歳くらいまでの子供を「ちびっ子ギャング」、反政府デモに参加しようぜ!と必死で誘いにくる16歳から20歳後半くらいまでの若者を「青春野郎」(ドゥーマ限定)・・・なんて造語を作って会話をしていました。楽しんでいた!?それと今回のシリアで頻繁に使用したのがシーシャです。何か考え事をするときは必ずシーシャ(水タバコ)を吸っていました。一つ頼めば、約2時間は持ちます。値段は125SPから160SPくらい。日本円だと200円ぐらいになるのかな。それでは写真と共に今回はこの辺で失礼します。





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ドゥーマでの動画 03:16
http://www.youtube.com/watch?v=Aqh6GZj3YPE

http://www.youtube.com/watch?v=NoXFdr1BO7c

http://www.youtube.com/watch?v=pXmlsHWiCWY

動画をyoutubeに掲載しました。今回、一眼を持っていかず、コンパクトカメラを新しく購入しました。このカメラには動画機能が付いています。それで、動画を撮影しました。液晶すらまともに見ることなく撮影した動画なので、期待はしないでください。

最初の二つは市街戦を繰り広げたドゥーマで音声目当てで撮影した映像です。動画なんて初めて撮ったので、映像は・・・気にしないでください。二つ目の動画ですが、これは4月26日の朝に起きた銃撃戦です。ただ政府軍が一方的に町を破壊しているだけの悪行です。自由軍はこの時点で武装解除していました。それでも政府軍は住民に恐怖を植え付けるため戦車まで投入した派手なパフォーマンスを行いました。スナイパーが怖いので手振れしてたり、意味もない車のアップ画像があったりで、申し訳ないです(2つ目の動画)。最後の3つ目は反政府系の集会です。4月13日の金曜日、政府軍、反政府軍との停戦が結ばれた12日の翌日、礼拝を終えた人々がモスクの前で大統領批判を声高に叫んでいます。一見すると、祭りのように、人々が歌い踊り、ワイワイガヤガヤと楽しそうにしていますが、これがシリアでは非常に危険な行為です。ダマスカスの市内では一度だけ、モスク内でこうした集会を見ましたが、その後は治安部隊やシャッビーハに殴られ蹴られ、そのまま護送車に詰め込まれ、どこかへ(収容所、刑務所)連れ去れました。もしくは銃弾でその場で射殺されます。脱原発を叫んでいるだけで、警察が市民に発砲するような状態がシリアです。なので、初めてドゥーマでこうした集会を見たとき(4月2日の夜)、感動して体が震えました。しかし、現在はこれほどの集会は開かれていません。ドゥーマが政府の影響下にあるからです。夜、しかも治安が寝静まった深夜に何とか集会を開いている程度です。自由軍が守っていたからこそ、これほどの集会を市民が安心しておこなえたんです。「おい!タケシ(僕のこと)、一緒にデモに参加しようぜ」「大統領はさっさとこの国から立ち去れ!日本人、聞いてるか!アサドはホマール(アラビア語でロバ、相手を馬鹿にするときに使う言葉)だ!」「俺たちは自由を望んでいる!ただそれだけだ!」。そうした言葉一つ一つが新鮮でした。でもドゥーマの陥落後の市内を歩くと、治安だらけでした。人々の顔も疲れていました。それでも僕を見ると、必死で大統領や政権批判をおこなっていました。今日だったかな。中日新聞の記者さんが監視団と共にドゥーマに入った記事が載っていました。本当にもう少し早く入ってほしかった。僕みたいなフリーで発表先すらまったく決まっていない人間より、読者が保障されている記者さんが4月のドゥーマを見ていたら、もっと大きな影響力があっただろうなと思います。ただ監視団にくっ付いて入ったところで何も意味がないと思うけど。普通に1人で入れば、もっと住民の本音が聞けるのに、なぜわざわざ政府にベッタリの監視団と一緒に行動するのかなあと僕は疑問に思いました。言い過ぎました。それでは、下手ですが、動画見てもらえれば幸いです。
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帰国しました。 03:46

5月3日に帰国しました。連休だったので、そのまま帰郷し、今は実家です。

シリアはメディアが機能していないので、正確な情報を手に入れることが非常に困難です。例えば、死傷者の数も人によってバラバラです。5人が亡くなった。3人が亡くなった。犠牲者は全て一般市民。犠牲者は1人が自由軍、残りが一般市民。壊された家は5件、いや8件は破壊された。より多くの人々から話を聞いて、それらを総合して、被害状況を把握していました。政府側に関しては一切分かりません。それで今回ですが、腹立たしいことがいくつかあります。ただ、これも住民から聞いたことなので、実際に本当かどうかは定かではありませんが、僕も現場にいたので、信憑性はあります。そのひとつを紹介します。

4月25日です。24日に朝から激しい戦闘がドゥーマで起こりました。この日、僕は朝から町を出て、シリア南部の都市ダッラに出掛けていました。ダマスカスに戻ったのが夕方の6時。検問が全て封鎖されていたので、裏ルートを使って何とか市内まで入り込みました。銃声と砲撃が鳴り響く中、住民の案内で帰宅したのが、7時半。戦闘が終結したのが9時ごろ。その後、市内のモスク、ジャーミア・カビールに足を運ぶと、自由軍がいたので、話を聞くと、「明日も朝から戦闘が始まるから、外には一歩も出るなよ」と忠告されました。翌日、朝の9時に再びモスクに行くと、仮設バンカーが築かれ、自由軍が集結していました。しかし、突然彼らはバンカーを崩し始め、急いで車に飛び乗り姿を消しました。そして、現れたのが国連の監視団です。停戦中であるため自由軍は監視団を避けて撤退の道を選びました。監視団の車を見たのは一瞬でした。スピードを緩めず、一気にモスクの前の大通りを駆け抜けていきました。そして、監視団を盾にして銃を乱射して市内に入り込んだのが治安部隊とシャッビーハです。なぜこのとき自由軍が再び陣形を組んで応戦をしなかったのかは今でも疑問ですが、住民の話では市内奥深くまで彼らが侵入してきたので手の出しようがなかったと言っていました。その他の理由としては町がこれ以上壊されるのを防ぐため、国連の監視団がまだ市内に残っていたためなど様々です。僕は急いで周りの若者に守られながら一緒に逃げました。そして、前後左右と囲まれ逃げ場を失ったところで、一件の家に匿われました。普段はワイワイガヤガヤと賑々しい若者も押し黙り、息を殺して彼らが通り過ぎるのを待ちました。この日、監視団を餌にした卑劣な手法で政府軍はドゥーマを制圧しました。監視団と政府側が手を組んでいたのではと噂する住民も少なくありません。それほど巧妙に仕組まれた戦術でした。26日の早朝に1時間ほど銃声と砲撃が僕のアパート近くで集中的に行われました。自由軍は既に武装解除している状態での総攻撃です。それから3時間ほどして、玄関から恐る恐る顔を覗かせると、遠くの方に7、8人の集団が見えました。思わず手を上げようとした瞬間、彼らが私服であるにもかかわらず、銃を携帯していることに気がつきました。正規軍ならまだしも、治安とシャッビーハの群れでした。急いで部屋に逃げ込み、数分間震えていました。これで完全にドゥーマが落ちたことを確信しました。

大国の思惑が複雑に入り乱れているシリアですが、住民がデモで口にする言葉は「アッラー、スーリヤ、ホーリヤ、バス(神とシリアと自由、ただそれだけだ)」です。ちなみに24日の夜に絶対にやっちゃいけないのを承知の上で、僕も住民と一緒に声をそろえて集会に参加しました。どうしても許せなかったから。これからシリアに取材に行く方、ぜひドゥーマに足を運んでください。日本人の印象を僕は決して汚していないので、印象は悪くはありません。好意的に迎えられることは間違いありません。多くの住民が協力してくれるかと思います。ただし、自己責任でお願いします。

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僕の暮らしている町 18:00

今、ダマスカスから少し離れた場所に暮らしています。1ヶ月契約で不動産屋から部屋をレンタルしました。1LDKで家具付き、家賃は8000シリアポンド(約10000円)です。東京のアパートが3万円だから、それと比べればお値打ちです。水道は無料だし、自分で料理も出来るし、ホテル暮らしとはまた違った生活を楽しんでいます。ただ、目立ちます。外国人が僕1人なのと、この時期になぜこの町に移り住んだのか、住民は興味津々です。特にちびっ子には人気です。「ヤバーニ(日本人)!ヤバーニ(日本人)」と握手を求められます。あと血気盛んな若者に「一緒に青春しようぜ!」と連れまわされます。この町、超が付くほど中国人を嫌っています。だから少しでも「シーニー(中国人)」という言葉が聞こえると、「モー!シーニー(中国人じゃない)、アナ、ヤバーニー(日本人だ)」と言い返しています。その結果、日本人が住んでいることが町全体に広がり、人気者になりました。あまり良いことではないんだろうけど。今は出来るだけ、アパートを出ないようにひっそりと息を殺して暮らしています。

これまで外国人が行かないような村や町に顔を出しているけど、ここほどフレンドリー?なのかすごく人目を引く町は初めてです。何かに例えられないかと思案した結果、良いのが思いつきました。最も暑い時期に沖縄の浜辺をペンギンが歩いているような感じ。驚いて誰もがペンギンに群がると思います。分かりづらかったら申し訳ない。ただペンギンもこれまで極寒の地で氷に囲まれて生きてきたから、沖縄の浜辺に降り立った瞬間、「ああ、こんな世界もあるんだ」と驚くと思います。ただ長くはいられない。出来れば、今月いっぱいでこの町を去りたいです。そして、全てが終わったら、またふらっと立ち寄りたい。

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ダマスカス−パート5− 02:57

ダマスカス、初夏の陽気を思わせるような暖かな日々が続いています。今日はアラビア語の教科書を購入するためカシオン山麓のルクナディーン地区に足を運びました。教科書を買うと何もすることがなかったので、そのままカシオン山に登りました。既に山頂からダマスカス市街を見下ろすのは3度目になりますが、いつ見ても絶景です。ただ山頂付近に軒を連ねるカフェは閑散としており、シリア人のカップルや家族連れがポツポツと見受けられました。そんな一日でした。ダマスカスでほぼ毎日のように食べているものがピザとチキンロールです。今回はその写真と今日ではないのですが、ルクナディーンのスーク(市場)を一枚掲載してみました。ピザの種類は10種類ぐらいで一枚30円ほど。チキンロール(シャワルマ)は巨大な肉の塊をスライスしてホブスと呼ばれる薄い生地に野菜を挟んで丸めたもの。これは100円ぐらいかな。これを頬張りながらコーラを飲み下す。まさにジャンクな生活です。でも一日10キロぐらい歩いているから今のところ体重の増減なし。





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ダマスカス−パート4− 20:18

ダマスカスの写真を少しだけ、ウマイヤード・モスクとカシオン山から見下ろした町の全体像を掲載してみました。今の時期はまさに観光シーズンです。日本大使館が引き上げたので、観光客が押し寄せるなんてことはないでしょうが。今日はホテルを変更。一泊400SP(5ドル)から一泊500SP(7ドル)に格上げ。400SPのところはドミトリーだったけど、今日からはシングルルームです。プライベートが多少確保されたかな。それでは。





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ダマスカス−パート3− 19:44

下記のブログで集会に10万人、参加者20万人と書きましたが、いささか誇張されすぎた感じがします。いくつかの記事によると、数千人から1万人程度らしいです。申し訳ないです。訂正します。

パルミラ行きをキャンセルしたので、当分の間はダマスカス・シリーズが続くかと思います。まだダマスカスに滞在して1週間弱ですが、3日前に大規模な爆発がありました。当日、爆音で早朝(7時半)に目が覚め、現場に向かうと消防車、軍用車、政府関係者が詰め掛けていました。いったんその場を後にし、昼過ぎ、再度現場に向かい、爆風によって崩れ落ちた建物などを数枚撮りました。途中、日本人の旅行者と知り合い、カシオン山に登りました。壮大な町並みを眼下に見下ろし、満足したところで下山。ところが市街まであと数キロというところで、秘密警察に拘束されました。一緒にいた彼が不適切な場所で写真を撮った容疑で拘束。乗用車に無理やり詰め込まれ、フードを目深に被せられ、視界を遮断された状態で殺風景な建物に連行されました。たぶん内務省の施設だと思いますが。容疑が晴れるまで6時間ほど。彼がメインということで僕の撮影した写真は無傷で返却されました。パスポートも没収されましたが、翌日の夜中に無事に返してもらえました。長い一日でした。

ダマスカスで人々の声を拾い集めても、一向に中身が見えてこない。みんなアサド大統領が大好きなんだと。大合唱。しかし、それが本音とはあまり思えない。それじゃあ、人々の本音はどこにあるのか。アラビア語がまったくできない僕には皆目検討がつかない。さて・・・頭を悩ましていたところで、機会が訪れました。でも、いったんここで終了。

なぜダマスカスに海外のジャーナリストがいないのだろうか。観光客の僕には理解できないのですが、憶測ですが、信憑性のある話をしたいと思います。これまでいくつかの国を訪れていますが、これほど気持ち悪い国は初めてです。人々の声を封殺するにはどれほどの権力が必要なのか。ようやくそれが目に見えて来た感じです。全てが監視体制下にあると考えても決して大袈裟ではない現状がシリアです。携帯もメールもブログもツイッターも。日本語で書けば問題ないという保障はどこにもありません。なぜ隣国からジャーナリストが危険を犯して密入国するのか。ダマスカスからでは一切の行動が制限されるからです。一見すると磐石な体制に見えても、しょせんは砂上の楼閣。傷口が至る所に見られ、この1年間血が流れ続けています。その事実を覆い隠す、応急処置を施しているのが秘密警察の存在になります。僕も何を信じていいのか、さっぱり分からなくなります。ただシリアの人々、これまで訪れた国の中で、一番大好きです。それだけに現在の状況が残念でなりません。という憶測を僕の胸の内からひねり出しました。今日は以上です。次回はダマスカスで撮った観光名所でもブログに掲載できたらと思います。

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ダマスカス−パート2− 01:57

ダマスカスの気候は東京とあまり変わらないんじゃないかな。少しこちらの方が寒いかな。現在、滞在している宿はバックパッカーのお気に入りで知られています。広い中庭にはテラスが設けられており、天窓からは気持ちいい陽の光が差し込みます。トイレとシャワーは共同だけど、24時間お湯が出ます。朝起きて、テラスで紅茶を飲んでいると、ボーイが話しかけてきました。シリアが落ち着いていた頃(去年の3月以前)は、外国人観光客で部屋は常に満室、臨時に屋上に布団まで敷いて旅行者を迎え入れたんだよ。それが今は外国人宿泊客はキミだけだよ。と残念そうにしていました。アサド大統領が悪いんだな。と突っ込んでみると、いや、大統領のせいじゃない。とそのまま口を濁しました。彼はアレッポ出身でスンニ派です。物価はサンクション(制裁)により、1.5倍程度まで跳ね上がっています。このお店だと紅茶一杯75SP。でも1年前は50SPです。紅茶をよく飲む国民にとっては痛手でしょう。ボーイは僕が紅茶を飲み終えて、お金を払おうとすると、「for free!」と言って、代金を受け取ろうとしませんでした。シュックラー。

小規模のアサド支持者の集会について昨日、書きましたが、今日の集会は半端なかったです。10万人はいただろうか。参加者を含めれば20万とか超えていたと思います。ウマイヤード広場に壇上が設けられ、アサド大統領への忠誠を誓った文言を並び立てて、我々はテロリストを駆逐するまで戦い続けるだろうと叫び声をあげていました。僕の身長ほどのアンプを6台ほど各所に設置して、鼓膜が破れんばかりの音量で周囲の群衆を盛り立てていました。海外のメディアらしき人たちが遠慮なくどでかい一眼レフをぶら下げていたから、僕もみすぼらしいコンデジで適当に撮影していました。英語が達者な人が話しかけてきました。我々、シリア国民の大半がアサド大統領を支持している。それを聞いて、大半じゃない少数の人たちは?と尋ねると、アサド大統領に対峙している野党を支持しているんだよ。ふんふん。「FSA(free syrian army)」はどうなの?と尋ねると、おお!奴らはテロリストだよ。アメリカやイスラエル、ヨーロッパ、イラクやサウジアラビアの手先だ。でもBBCやCNNを見ると、彼らは反アサドを掲げているシリア人・・・。違う!BBCやCNNはCONSPIRACY(陰謀)だ。アルジャジーラも全て欧米のCONSPIRACYだ。今、この国を滅茶苦茶にしている奴らはシリア人じゃない。外国から来たテロリストで(以下略)。彼はダマスカスの公務員で出身地はダッラ(シリア南の町)でスンニ派でした。彼の極端な意見を鵜呑みにはもちろん出来なかったけど、決してBBCなどの海外メディアの報道が全て正しいとも言い切れないと感じました。やっぱり、ダマスカスにいるだけでは、とてもシリアの情勢を把握できない。自己責任が重くのしかかる。





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ダマスカス 17:45

現在、ダマスカスに滞在しています。まだ滞在3日目ですが、市内を歩き回った印象を述べたいと思います。まず!英語が通じない。僕の英語の発音が悪いのは今に始まったことではないのですが、それ以前に英語が話せる人が少なくて頭を悩ましています。もちろん僕はアラビア語は一切話せません。ウルドゥーと類似しているかなと思い、勉強しようかと思い立ったのですが、似ているのは文字だけで、その他はまったくの別物、独学では歯が立たないと感じました。これでは国民が何を感じているのかを聞き取ることはできません。それと報道規制に関してですが、一切背後に忍び寄る影を感じません。町中をパシャパシャと撮っていますが、特にお咎めなし。市内の様子も落ち着いていて、この国で戦争が起きているとは、ダマスカスにいる限り、肌身を持って感じることはないと思います。今のところはですが。政治に関する話ですが、昨日、ホムスからダマスカスに一時的に避難している人と会いました。大声での政府批判はしないものの、声を落としてアサド政権の大罪について怒りを滲ませていました。そんな彼らは明日(つまり今日になりますが)、ホムスに帰ると言っていました。理由は家族がいるから。「僕も一緒に連れて行ってほしいなあ」と言うと、「観光する場所じゃないから」と忠告されました。僕はダマスカスを観光しています。なぜなら観光客だから。頻繁に「何の目的で来た?」と聞かれますが、誰に対しても「観光だよ」と答えています。とにかく、これまでのように地元のメディアからの協力は一切得られないので、ただただ市内を歩いて何かないかと目を光らせています。出発前にある方から「トルコで情報収集してからダマスカスに入国するのがベターだ」と言われましたが、その通りだと感じました。もしこれからシリアに取材に向かう方はレバノンかトルコでシリア国内の活動家や反政府勢力とのコネクションを築いて、ダマスカスに入れば効率よく仕事が出来るんじゃないかと思います。アラビア語が堪能な方は別ですが。

シリアの国民性ですが、非常に親切です。インドのような馴れ馴れしさはなく、パキスタンほどフレンドリーではない、その中間といったところです。普通に歩いていて声を掛けられることはあまりありませんが、道を聞いたりすると、途中で投げ出さず最後の最後まで面倒を見てくれます。物価ですが、現在泊まっている宿が400SP(5ドル)、食事は小さなピザや鶏肉や野菜をクレープ状の生地で丸めたチキンロールサンドなんかを食べていますが、一食1ドル程度です。停電は一日に二回ほど定期的にあります。あとは外国人観光客は、フランス人の旅行者(もしかしたらジャーナリスト)を見かけただけで、欧米人、アジア人は非常に少ないですが、中近東からは頻繁に旅行客や商人が行き来していると土産物屋のオヤジから聞きました。

昨日ですが、ダマスカスを一望できるカシオン山から市内に戻ると、シリア中央銀行の真ん前でアサド支持者の集会が開かれていました。数は50、60人ほどかな。周囲を警官や兵士が取り巻いていたので、数枚シャッターを切って、そそくさとその場を後にしました。熱狂的な支持者がダンスや歌を披露して、アサドへの忠誠を誓っていました。ただ素通りする人が圧倒的に多かった。さて、これからどうすべきか。ダマスカスにいるより、他の都市に移動してみたいが、周囲から話を聞く限り、治安があまりよろしくないらしい。





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シリアへ 14:21

11日からシリアに向かいます。首都ダマスカスに成田から空路で向かいます。ダマスカスの情報があまり表に出てこないのが、なんでかなあと不安に駆られます。考えられることはダマスカスの治安が保たれているから、もうひとつとして厳重な報道規制が敷かれているから。1週間ほど前にBBCがダマスカスの様子を伝えていました。食料や燃料の値段が高騰している。停電が一日に何度も起きる。観光業が落ち込んでいる。そんなことが記事には書かれていました。

http://www.bbc.co.uk/news/magazine-17226817

アジア以外の国に足を運ぶのは初めてです。自分の足でじっくりとダマスカスを歩き回れればいいと思っています。ダマスカスの外は検問だらけだと聞いているので、遠出は無理でしょう。それでは行ってきます。

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